ニューヨーク特派員報告
第62回

ダダイズム


いろんな展覧会へ行ったりしたけど、芸術が時代や社会を反映、もしくは嘲笑する活動に至ったりすることもあるなんて感じたのは、近代美術館(Museum of Modern Art 略してMoMA) で行なわれているダダ展が初めてかもしれない。
観賞をする時に、その言葉自体の意味を考えさせられるのである。なぜなら、ダダイスト達の提唱した「反芸術」の具現は、「芸術」のコンセプトを明確に理解せねば不可能だからである。

ところで、MoMAは長い月日をかけてリノベートし、最近やっと完成して、その見事で洗練された美術館の内装になった。以前に比べて、吹き抜けや大きな窓などを活用してあちこちからあちこちがいろんなアングルで見れる様なつくりになっていて非常に立体的になった。

とかく時間に追っかけまわされるニューヨークでの日常で、やっと見つけた芸術観賞のチャンスは、とあるアポイントメントがキャンセルされた金曜の夜だった。毎週金曜の夜は無料で解放していることもあって、ものすごい人でにぎわっていた。ゆっくり作品を眺めながら、デティールを観察するのは、押し寄せてくる人の波の中では、難しい。また、違う日に出直す事を心に決めて、その日は、ざっと流して観賞することにした。

日を改め、月曜の午後なら空いているだろうと、勝手な憶測をして、再度、インスピレーションを求めてダダ展へ行った。が、あてははずれ、またしても人でごった返していた。4時近くに入館して、ゆっくり、ニューヨークダダのコーナー(展示会のセクションは、チューリッヒ、ハノーバー、ケルンなど、地域別に区切られている)から、細部に渡って観察し、マルセルデュシャンの自転車の車輪の取り付けられた椅子や、「泉」というタイトルの横に置かれた小便器などをじっくり眺め、彼のいう「視覚の無関心」を感じ、フランシスピカビアのマシーンの絵画を眺め、それが、機械的になっていく世の中へのシニカルな視点(機械によって失われて行く人間性みたいなもの)を確認した。

一般的にダダイズムは、第一次世界大戦の殺戮、破壊行為、大量生産や消費者社会などへの皮肉、あるいは否定、もしくは虚無感がテーマとなっている物が多く、その中で、(視覚/網膜で感じる)芸術そのものへの嫌悪(特にデュシャン)などがモチベーションになっている。ヨーロッパのあちこちで、同じ時期に起こった芸術活動という部分も見逃せない。つまり、国家権力のおこす戦争とはうらはらに芸術家達の思いはひとつだったのだ。ニューヨークが発祥の地となったのは、当時アメリカが第一次世界大戦に於いて中立的な状態だったかららしい。

ダダ芸術の特徴的な手法として、デュシャンのレディメイドがある。あらかじめ在る物(既製品)に手を加える手法で、天井から(単なる)雪かきを吊るし「折れた腕の前に」と名付けたり、便器(買って来たものらしい)や車輪の作品もそんな感じなのだが、極めつけは、モナリザの複製の絵にちょび髭とあご髭を書き足し、「L.H.O.O.Q(フランス語で発音すると‘彼女は性的に興奮している‘という意味)」という題名をつけ、まるで、単なる落書きのような、思わず「えーっ!」と言わずにおれないジョークの様な作品まである。彼のスタイルは、まさに芸術に対するアンチテーゼだ。

その他にも、ダダイストはいくつかの(当時)画期的な手法を開発した。写真や切り抜きを合成したフォトモンタージュや、コラージュ、あと映像まで作っている。なにやら「うずまき」にこだわっているようで、渦巻きマシーンがあった。クルクルとまわるそれを見ていると、トンボの様におとなしくなってしまいそうだった。それらの手法って確実に、サンプリングやマルチメディアアートなどの原型を感じずにはいられない。あと、イベントの広告や、雑誌のデザインなど、現代のグラフィックアートにつながる要素もあった。

もう一人、強烈な個性を放っていたダダイストは、ハノーバーのクルトシュイッターズ。彼は、自身の活動をダダとは呼ばず「メルツ」と称した。どちらかというと「破壊」より「実験」という姿勢がつよかったようだ。彼は、音声詩なる言葉として成り立っていない単語みたいなもので、曲を構成したりすることの第一人者としても知られている。彼の作品の多くは、雑誌などの切り抜きを無造作に張り合わせ、その上に色を塗ったりする感じの物が多く、今で言うジャンクアートの先駆けを感じた。

ダダイズムの思想やそのエキセントリックな手法はその後、シュールレアリズム、やネオダダとその後のアートに多大影響を与えた。1950年代の、ナムジュンパイクやオノヨーコなどのいたマルチアート集団のFluxusなどは、もろその精神性と活動方針にインスパイアされているし、ジョンケージの偶発性を利用した作曲法も、デュシャンからヒントを得たものらしい。つまりダダイズムなくして、現代のマルチメディアアートはあり得なかったといっても過言では無かろう。皆さんも是非、機会があったら、横たわった小便器を前に、芸術について考えに見ては?

モクノアキオの参加してるノイズバンドのエレクトロプタスは最近、毎週、ライブしてる。来月は、ちょっと大きなバウワリーボールルームで演奏する。 www.spiraloop.com

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