ニューヨーク特派員報告
第222回

大坂なおみ


僕が育った昭和後期の時代は、いわゆる「スポ根」物が流行った。その中でも『タイガーマスク』や『明日のジョー』(どちらも梶原一騎原作)などの、貧困層出身の主人公が自らと同じような境遇に育つ子供たちのために戦うヒーローのカッコよさをいまだにじわじわと感動したりする。自分の名誉やお金のためでなく、ストイックに誰かの為に己の身体を極限に追い込んでまで勝ち続けようとするその姿は、子供心にも憧れたものであった。

先日、テニスプレイヤーの大坂なおみが試合をボイコットした。ウィスコンシン州でジェイコブ・ブレイクという黒人が白人警官に不当な理由で後ろから複数回発砲されたニュースを受け、何度も繰り返えされるアメリカの警察組織による構造的暴力に抗議するためである。彼女はその声明文の中で、自分はテニスプレイヤーの前に黒人であって、みんなにこの不条理な状況について考えてもらえる機会になってほしいという。(かっこいい!)こういったスポーツ界での抗議は彼女のボイコットだけに限らずNBA、メジャーリーグの野球やサッカーのゲームもキャンセルになった。

繰り返しこの特派員報告に書いているが、アメリカでの黒人差別はとても根深く、特に白人が多く住む郊外や地方で強い。SNS では頻繁に警官による不条理な暴力の映像がアップロードされ、全米で抗議活動のためのデモ(Black Lives Matter)がヒートアップしている最中でもこういった事件が起きるのだ。丸腰の黒人を複数の白人警官が暴力を振るったり、射撃したりする動画を目にすると、怒りを通り越し、嘔吐感をも伴う。アメリカの歴史を正視すれば黒人虐殺の場面を幾度となく目にすることは避けられない訳だが、こんなことがいまだに続いているのだ。そんな状況に普通にスポーツに専念する気になれない選手の気持ちは痛いほどわかる。

トランプ政権になってから、こういった白人と有色人種の問題がさらに顕著になってきている。なぜならトランプは白人至上主義者達を味方につけているし、彼自身もそれに近い考え方をしているからであろう。現在でもこの国の白人率は8割近い。人種の坩堝となっている都市部を離れ、ちょっと田舎へ行けば白人ばかりである。そもそも、ヨーロッパを飛び出して来た白人達がいかさまや暴力でインディアンから土地を奪い、黒人を奴隷としてその労働力を搾取し、築き上げられていった国である。白人の優位性を主張する連中は、そんなことを誇らしげにしているとしか思えない。

先日、民主党大会(バイデン)に続いて共和党大会(トランプ)がテレビで放送されていた。マスクをつけ、感染防止に配慮していた民主党に対し、共和党はホワイトハウスの庭に人を集め、マスクもほとんどしないなど、コロナ禍など気にも止めないような対極的(演出?)なものであった。そしてその共和党大会が行われている中、ブレイク事件の起こったケノーシャでは、17歳の少年(トランプ支持者)がデモ参加者三人を射殺するという事件が起きた。もちろん彼らはそんなことには触れず、まるで民主党がデモを操っているかのような発言をし、のちにトランプはその少年を擁護するような発言(!)までしているという。共和党はこういったデモを暴徒やテロのように扱い「法と秩序」で押さえ込もうとしている(怒)。

大坂なおみは試合延期でボイコットをやめ、プレイに復帰した。彼女のつけているマスクにはブレオナ・テイラー、エライジャ・マクレーンなどここ最近に警察に殺された黒人の名前が記されている。ナイキや日本航空などの宣伝のロゴよりもそれは眩しく光っている。彼女が戦っている相手は対戦相手よりもずっと大きなものだと思う。黒人差別をはじめあらゆる偏見(一部の日本人による)やステレオタイプと闘っているのだ。そして、不条理な暴力によって命を奪われた仲間達の無念を晴らそうとしている。だから彼女は強い。勝てば勝つほど、彼女の訴えている問題は鮮明になる。スポーツにはもっぱら興味はない僕なのだが、「スポ根」に痺れたあの少年時代のように胸が熱くなっている。

もくのあきおは在米26年の電子音響音楽家。最近はコロンビア大学でPCR 検査の受付をやらされている(涙)

www.akiomokuno.com

copyright