ニューヨーク特派員報告
第143回

音楽配信の今


最近、Spotifyなるものを知り、衝撃を受けた。以前から、音楽はいずれ巨大なデータベース化され、ストリーミングでいつでもどこでも好きなときに好きなだけ聞きたい音楽を聞けるようになるだろうと言われていたが、とうとうそれが現実のものとなったという感じである。

日本では、まだ合法的に解禁されていない(裏ワザはあるらしい)このサービスは、月額10ドルくらい(約千円)で聴き放題のものである。音楽聴き放題は、iTunesはもとよりPandraやLastfmなどのサービスでもあったが、Spotifyの場合、アルバムごとすべての曲を聴くことができる。しかも、世界の4大レーベル(ソニー、EMI,ワーナー、ユニバーサル)と契約しているので往年のロックバンドはもとよりクラッシックやジャズなど、かつてはタワレコや、ヴァージンなどの巨大なCDショップに連なっていた商品、約1500万曲(Radiohead、クリムゾン、ツェッペリンなど音楽提供を拒んでいる一部を除く)が聴き放題(ジョン万次郎みたい)になってしまったのである!!!

音質的には、消費者レベルの機材で再生するのには全く問題のないクオリティで、ソーシャルネットワーク的な機能やそれとの連携もある。アルゴリズムを利用して、関連するアーティストや似たテイストの曲などを選びだすラジオや、曲のオフライン再生(!)などの機能もある。試し聴きをし、買おうか買わないか迷うということはもうない。節操が無いが「聴き捨て」みたいになる時もある。いいと思った曲はリピートするが、「聴き放題」という挑発に、できるだけ新しい曲に出会おうという横広がりの聴き方をしてしまう。浅ましい感じだが、つまり、「聴き漁り」をしてしまうのだ。

80年代、アルバムをモノとして購入していた時とは、音との出会いが全然ちがう。そもそもその頃はは試し聴きということもできなかった。また、レコード屋はセレクトショップであった。邦楽専門はもとより、ニューウェーブ/ノイズ専門店、ヘビメタ/ハードロック/プログレ専門店、パンク/インディーロック専門店などジャンルごとに店が違った。ふらふらと店へいって店長のおすすめや、店でかかっている音などを頼りにお気に入りの作品を探したものだ。1枚、2000円から3000円。決して安いものではない訳で、購入前には吟味するのである。そうやって、手に入れた作品を自宅に持ち帰って、自分ののステレオコンポーネントで再生する時の興奮状態や微妙な緊張は、未だに鮮やかな記憶として残っている。そうやってお気に入りの曲に出会うためには、それなりの労働と出費が必要とされただけに、探し求めていた音に出会う感動はひとしおであり、それを求め、またレコード屋へ足蹴く通うこともあった。

Spotifyのサービスは、消費者にとってはこのうえなく便利になったと同時に、従来の音楽産業は、価格はもとより、生態系をも破壊されたということを意味するといえよう。いままで、1曲1ドルで販売されていたものが、月額10ドルで聴き放題なのである。 また、このサービスは、itunesによる音楽市場の独占への対抗馬とか、横行する違法ダウンロード対策の救世主的な見方などもある一方、制作者サイドへの極端な収入の低下(「ザ・ガーディアン」によると1回のストリーミングにつき約0.6円らしい)などは、業界には、深刻な事態だとも言える。制作につぎ込む資金が乏しくなると、プロのエンジニア達が減り作品自体の質の低下などにつながる可能性がある。

10年以上前にmp3が登場しオンラインで流通し始め、ipodなどの携帯プレイヤーが登場した。そして今は、音源を持ち運ばなくても、ストリーミングできるようになった。真空パックを開け、取り出したばかりの塩化ビニールの香ばしさにドキドキしたことは、遠い昔の話である。テクノロジーの進化がビジネス化され普及するスピードは早く、いつも倫理的な問題は、その後やってきて規制される。我々は常に、便利さ引き換えに、何かを失っている気がするのは、僕だけであろうか。

もくのあきおは、ニューヨーク市立大学機構、メディア・アート修士課程修了。現在、同校で作曲の修士過程。ノイズバンドでも活動している。

訂正:先月の報告、「ケベック」に於いて、「逆三角形のクリスマスツリー」というシュールな表現がありましたが、正しくは二等辺三角形の誤りです。

www.myspace.com/spiraloop

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