99 フッカー |
この夏に、断続的ではあるけれど長年コラボしている、現在はビデオ詩人である99 Hooker(ナインティナイン・フッカー)との日本ツアーを計画している。2、3年おきくらいのスパンで連絡を取り合ったり、一緒に何かやったりする気ままな関係だ。ずっとお互いにそれぞれの表現の世界を追求し続けている。フッカーのことは、ちょくちょくこの特派員報告にも書いているが、今回は、もう少し詳しく彼について触れてみたいと思う。 我々が初めてコラボをしたのは20年前、マサチューセッツ州のギャラリーでのライブであった。90年代後半のその頃は、ミクスチャーな音楽やフリージャズなどが盛んな時期であった。彼はまくしたてるようなスポークン・ワードとディストーションをかけたテナー・サックスを演奏していた。僕はサンプラーとシーケンサーで即興をしていていた。たまに絶好調になってくると、過激になり、ノイズ状態になることもあった。一度、ビレッジのスタジオで爆音演奏していたら、追い出されたこともある。 フッカーとライブをする時は、ニューヨーク州以外が多い。昔、サンフランシスコに住んでいたことがあるらしく、そっちの方でも何度かライブやドライブやキャンプもした。1999年の9月9日に、ビデオアーティストや他のミュージシャンも加え、大きなショーもやったり、コネチカット州の大学のラジオ局でライブ演奏したり、マサチューセッツ州にある多動性障害のある子供たちの学校でワークショップという名のパフォーマンスもした。 2001年以降、フッカーはRev99というメディア・パフォーマンス集団をオーガナイズし、環境の即興をコンセプトに活動し始めた。西海岸のレーベルPaxレコーディングから3枚CDをリリースしている。それらの制作方法もコンセプチュアルで、即興演奏の物質化(CD)という矛盾を課題にしていた。録音の段階から、演奏者は音楽を作るのではなく体験という形で参加するのである。時間で区切って無思考にいきなり音を出して録音していったものを後で、編集を重ね作品に仕上げて行くという従来の方法の逆のプロセスで制作されたものである。大量消費社会の商品になってしまった音楽に対する批判でもある。 フッカーは毎年夏になると3ヶ月くらい山に籠るのだが、最近、マフィアがその小屋の隣に家を建てて、しかもそのエアコンのファンが真隣にあってうるさすぎるらしく、今年の夏は息子と一緒にアジアを旅しようという計画を立て始めたようだ。7年前からシティから車で2時間くらい北に行った田舎で暮らしている。この間、初めて遊びに行ったがやはり山の中は静かでいい。煩悩がスーっと引いていく感じがする。携帯の電波も届かないので読書や制作に没頭するには絶好のシチュエーションでもある。そういえば昔、ヘンリー・デビット・ソローという、ボストンの奥の方にある森で長年独り暮らしをしていた思想家の小屋を一緒に観に行ったこともあった。 8年くらい前に映像の勉強をして、いまはビデオを主な表現媒体としスポークン・ワードと連動している。そもそも詩人でもあるので、彼の映像作品はラディカルな彼の思想のメタファーとして圧倒的な情報量を含んだ媒体となっている。その世界はロマンティックからはほど遠いニヒリスティックな世界だ。フッカーの思想の根底には、ニーチェが宿っているのである。 来週、またカルフォルニア州で一緒に2本ライブをする。コラボを始めて20年。お互いずっとそれぞれ世界を深めてきているので、内容もさらに磨きがかかってきてとても楽しい。この夏、日本でもやるので皆さん、是非、アメリカン・アバンギャルドを堪能しに足を運んでください。 もくのあきおは、電子音響音楽の作曲を中心に、ノイズバンドやメディア・パフォーマンスなどの活動もしている。 |
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